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福山城で夜桜見物

広島県福山市にある、福山城

2022年、福山城が築城400年の記念の年を迎えます。
福山城築城400年記念事業公式サイト


1622年に築城され、1945年の福山大空襲によって天守は焼失してしまいました。その後1966年に再建された天守は、

うれしい!
「新幹線の駅からすぐ、お城が見える!」


と人気のスポットでもあります。

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そのお城に夜桜を見に行ってきた動画をYouTubeにアップしました。よろしければごらんください。

https://youtu.be/2ylsmvHj--I

令和の大普請プロジェクト

そのお城が築城400年記念として大改修中なのですが、このたび全国唯一といわれる「福山城の天守北側 鉄板張り」が復元されるそうなんです。

そのため今、天守は覆いで覆われていて、お城周辺も工事中の箇所が多いです。

2022年8月に、完成しお披露目されるようですが、待ち遠しいですね。

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自分の暮らす街に、お城がある、とか、昔お殿様がいた、なんて、とっても誇りに思えることだと感じます。

お城がある街で暮らす方々は、日々お城を眺めながらそんな気持ちでいるのかなーなんて、うらやましく思います。

徳川家康のいとこ 水野勝成がお殿様

いとこ、といっても昔のことなので、20歳くらい年の離れたいとこです。それでも、徳川家と親戚だなんてすごいですね!

個人的に、福山のお殿様、水野勝成公にはとても興味をいだいていまして。好き、尊敬している、感服している、そんな感じです。

おもしろ話・・・といっては失礼ですね、たくさんの仰天エピソード、ステキエピソードが残っていまして、大河ドラマにならないかなーと淡い期待をしてしまうほどです。

たくさん残るエピソードとは

エピソード1

初陣は16歳。この時は武功はなかったけれど、その後数々の戦で武功を上げ続けて、名をあげていきます。勝成の戦術スタイルは独特で、自らが先頭に立ち、敵陣に突撃するものであったとか。一番槍が勝成のオハコだったみたいです。生涯ずっと。

エピソード2

嫡男なのに、お父さんにブチ切れられて勘当されました!なので20歳くらいから15年間、放浪、浪人生活をしています。

エピソード3

また名前を聞くようになるのは、九州地方で佐々成政や黒田家に士官してから。せっかく仕官できたのに、その後豊臣秀吉に拝謁するため大坂に向かう途中、逃げました!
黒田長政にムカついて、とか、秀吉に怒られるのがすっごく怖かったから、とかいろいろ言われています。

エピソード4

やっと15年の浪人生活が終わったのは、36歳のとき。
当時、石田三成が徳川家康の屋敷を襲撃するとの噂が出始めていて、勝成は従兄弟の家康の苦境を救うべく、自分に何ができるかな、と考えます。そして屋敷の警備を毎夜、甲冑姿でやり続け、この話が家康に届きます。家康が勝成のお父さんにとりなしてくれて、やっと勘当が解けたのでしたー。

エピソード5

大阪夏の陣。もう勝成も50歳近くになっていて、それなりの兵も任されます。
家康にも「若いときみたいに戦っちゃダメ」と釘を刺されていたにも関わらず、やってしまいます。
「若武者のごとき暴れよう」だったとか。水野勝成の馬印を見ただけで大坂方の軍が撤退するなど、勝成の武勇は広く知れ渡っていたそうなので、じっとしていても敵は怯えてくれたはずなのですが、黙ってみていることができないのですね。

エピソード6

どこを切ってもエネルギーに満ちあふれた水野勝成の生涯は、まだ続きます。
大坂夏の陣、冬の陣ののち、福山を治めることになります。当時すでに禁止されていた「大きなお城を新しく築く」ことも例外的に許されて、今の福山城ができました。
治水をしたり、産業を活性化させたり、埋め立てをしたり。勝成すごい!!今の福山市の基盤を作ってくれました。
このパワーはやっぱりすごいな、と思います。なので、勝成公大好き!という福山市のかたが多いのもうなずけます。

エピソード7

歴戦の勇将・水野勝成ももう75歳。
当時としては、すごく長生きしていますね。あ、ここで亡くなったのではありません。
この歳にして、幕府から「勝成くん、ちょっと戦ってきてくれんじゃろか」と依頼がくるのです。
始めてこの話を知ったとき、うそでしょと思いました。
でも、1615年の大坂夏の陣から23年もたち「実戦経験」のある人って、もうそんなにいないか、隠居しているか。時代は次の世代に移っているんですよね。
若い人たちは、戦いの経験が無い。
そんな中、一向に収まる気配のない「島原の乱」が起こっていたのです。この乱を収束させてきてくれ、という依頼です。

というか、幕府側が戦い方を知らない人たちが対処しているから、長引いてしまっているという側面もあったのではないかな、と思います。(キリシタンの方々には申し訳ない言い方です。すみません)

この戦いに勝成は6000の兵を率いて参戦し、勝利しました。75歳にして。実戦経験アリアリですもんね。幕府側は頼もしかったことでしょう。
島原の乱に関しては、キリシタン側から思うところもたくさんあって、幕府側で攻めてきたのは誰だったんだろうと思ったことがありました。なんと勝成がいたんですね。

エピソード8

島原の乱の翌年に、息子に家督を譲ったあと、俳諧や能楽を推奨して広めたそうです。
そのおかげで、福山には神社やお寺に能舞台があり、能の謡を習っている方も多いのですよー。

みなさんの暮らす街にも、土地の基盤を作ってくれたお殿様や、偉人のかたがいらっしゃるのではないでしょうか。
町の片隅の遺構にふと目が留まったときに、彼らに思いをはせてみるのも、すてきかなーと思います。

福山城の美しい夜桜を愛でながら、そんなことを考えました。

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